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田んぼの生き物について

私たち、日本人にとっては身近でなじみ深い環境である「田んぼ」。実は田んぼって生き物たちの宝庫なのはご存知でしょうか。

じゃあ田んぼの生き物って何?

っと思い返すとカエルやメダカとかがたくさん生息している印象を受けますが、田んぼには想像もつかないくらい複雑でたくさんの生き物たちが生息しており、巡りくる四季の中で目まぐるしく変化しています。

今回はそんな田んぼの生き物について少し紹介したいと思います。 


 ●田んぼについて 

田んぼは私たち日本人にとって欠かせない主食であるお米を育てる場所です。

お米の正体はイネという植物で日本国内には元々自生しておらず、大昔に中国・朝鮮など極東アジアから伝来してきたと考えられています。

イネは湿地環境を好む植物であり、生育するには水が欠かせません。そこで土地を開拓して、ため池や小川などから水を引いてきてそこにイネの種子や苗を植えて育てます。

これを水稲栽培と呼び、これが水田、つまり田んぼです。田んぼは一見すると豊かな自然によって育まれてきた印象を受けますが、実はというわけではなく、人の営みによって造られた人工的な環境です。大昔から田んぼの管理はそれぞれの地域の栽培環境に合わせて人々の努力によって規則的に行われてきており、それが現在の豊かな田んぼ環境を育んできたといっても過言ではありません。 


 ●田んぼの一年 

田んぼの一年は早春の「田起こし」にはじまります。

田起こしでは冬季に固まった田んぼの土を細かく砕き、水を通りやすくするための作業です。

同時に周辺の畦やため池などから水を引くための水路の整備を行います。

そして、春になるとため池や河川などから水が導入されます。

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田んぼに水が流れ始めると同時に周辺や田んぼをすみかとする生き物たちも活発に活動を始めるようになります。

乾いた田んぼに水が入ることにより、それまで卵の状態で土の中に休眠していたカブトエビやホウネンエビ、ミジンコなどの生き物が孵り始めます。

ほかにも冬眠中のカエルやヘビ、ザリガニなどの生き物も目覚め始めます。

メダカなども水に混じって流れ込んできます。田んぼに水が入ってしばらくすると今度は「代掻き」が行われます。代掻きは土と水がうまく混ざり合って、イネを植えやすくするようにする作業です。

かつては水牛や馬などの家畜によって行われてきましたが、現代ではトラクターが主です。この際に冬季の乾燥期間中に田んぼ内に生えていた雑草類は消滅してしまいますが、同時に水中に生える水生植物などが発芽してくるようになります。

代掻きの後には肥料がまかれ、その後ようやく「田植え」が始まります。かつては種子をまく直播が中心でしたが、現在ではしばらく成長した苗を植えるのが一般的です。

田植えでは人の手で直接植えられたりするほか、最近では労力削減のために機械でも植えられています。田植えが終わったころになると水路を通じてドジョウやナマズなどが産卵のために遡上するほか、暖かくなるにつれて多くの生き物が田んぼに集まり始めます。

梅雨の季節になると水田には繁殖を行うためにカエルたちの声が響き渡ります。夏になり、ある程度イネが成長すると今度は一時的に田んぼから水を抜く「中干し」が行われます。

イネの生育上、必要な作業ですが、それまで豊かな水があふれる田んぼに生息していた生き物たちにとって一時的に致命的な状態になります。一部は水がたまっている場所まで移動したり、土のなかに入って休眠することによって命をつなぎますが、多くは命を落としてしまいます。一方鳥類や哺乳類の一部はこれといったばかりに田んぼにあつまり、逃げ場を失った生き物や死骸などを食べて命をつないでいきます。

中干しの後はイネの生育に関わるため再び水を導入します。秋になるとイネは穂をつけるようになり、水を徐々に減らしながら土を乾燥させていきます。これを「落水」と呼びます。

中干し同様、生き物にとっては再び厳しい環境になりますが、この時期になると生き物たちはわかっているかのように水路を通じてため池や河川に移動したり、水生昆虫などは飛翔して生活場所を変えていきます。

秋になり、イネの穂が黄金色に染まると「稲刈り」の季節です。台風や斑点米カメムシ、ウンカなどの害虫の発生状況により稲刈りの時期は左右されますが、多くは9~10月にかけて行われます。

昔は手刈りでしたが、現在ではコンバインが一般的です。イネを刈っていると田んぼに生息している生き物たちは逃げ出し、それを狙ってサギやヘビなどの生き物が集まります。

餌が豊富な田んぼでは稲刈り作業を行うコンバインの後ろについて回るサギ類の姿を目にすることがあります。

稲刈り後の田んぼは生き物でにぎわっていた時期とはうってかわります。乾燥した乾田にはあまり生き物の姿は見えませんが、刈られた稲株の株本や周辺に置かれた稲わらはコオロギなどの陸生昆虫類の隠れ場所になっています。

一方、水が残ったままの湿田では移動せずに残った水生昆虫が見られるほか、アキアカネなどのトンボ類が産卵のために訪れたりします。

その後、冬を迎えると田んぼの周辺で越冬する一部の生き物を除き、姿を消します。

冬季は鳥類が度々訪れ越冬する生き物や落ちた植物の種子などを食べにくるなど、田んぼは年間を通じて多くの生き物の生活場所になっていることが伺えます。 


 ●田んぼの危機 

様々な生き物たちの命を支えてきた田んぼ環境ですが、近年は危機的な状況に陥っています。

今から50年ほど前に始まった高度経済成長期を起点に農業は生産性重視になり、除草剤による除草や農作業の機械化、冬季の水田の乾田化によって大きく変わりました。

除草剤や農薬などの影響による直接的な要因のほか、水路や畦などがコンクリ張りに変化したことによる間接的な要因なども含め、多くの生き物が生息環境や繁殖場所をなくし、著しく減少しました。

対称的に近年になると食の安全性や田んぼにおける周辺環境や生物多様性保全の重要性が改めて評価されるようになり、農薬などを減らしたり可能な限り用いない有機栽培や生産と環境を重視する農業の考え方が重要視されるようになってきました。田んぼ環境の変化によって絶滅の危機に瀕した一部の生き物は農家の方々や保全を求める人々の努力によって少しづつ戻りつつある場所もありますが、そこにいたるまでに多くの生き物が田んぼ環境から姿を消したことは吝かではありません。

また、近年では消えていった生き物に成り代わり広がりつつある外来種による農業や生態系への影響も計り知れません。

元々人の手によって造成された田んぼ環境はイネという外来種を基盤に作られた人工環境であり、外来種そのものが生態系などに必ずしも悪影響ばかりを与えるわけではないということを暗に示していますが、それは人の手による管理が続けられてきた結果一定の調和が保たれていたためです。

本来であれば在来種も外来種もうまく混ざり合って生活できる田んぼ環境が理想的ですが、私たちによるここ数十年間におよび劇的な農業変化の結果、生物同士や生態系における関係性にも偏りが生じているのかもしれません。

さらに、拍車をかけているのが、農業の高齢化です。深刻な後継者不足によって自分の代だけで農業を終えざるをえない農家の方々も増えています。

放置された田んぼや畑などは人の管理抜きでは維持できず、たちどころに荒れた耕作放棄地に変化してしまいます。適度な攪乱をなくした耕作放棄地では雑草や害虫、外来種の温床になったり、イノシシなどの野生動物が人里近くに現れる要因になるなど人にとっても生き物にとってもよくないことだらけです。

この現代においてかつてのような日本人が思い浮かべる原風景の田んぼ環境に復元することは決してできないと思いますが、今いる生き物にとって住みやすい田んぼ環境を維持していけるシステムを国全体で考えることが農業と生物多様性保全ともに両立していく鍵になってくるのではないでしょうか。 


【参考文献】 

久野公啓(2007).田んぼで出会う花・鳥・虫.築地書館.168pp. 

内山りゅう(2005).田んぼの生き物図鑑.山と渓谷社.320pp